博士後期課程の辻井です。
修士課程で取り組んだチャクチ海に来遊するホッキョククジラに関する研究論文が、Polar Biology誌に掲載されました。
Tsujii, K., Otsuki, M., Akamatsu, T., Amakasu, K., Kitamura, M., Kikuchi, T., Fujiwara, A., Shirakawa, H., Miyashita, K., Mitani, Y. Annual variation of oceanographic conditions changed migration timing of bowhead whales Balaena mysticetus in the southern Chukchi Sea. Polar Biol (2021). https://doi.org/10.1007/s00300-021-02960-y
近年、北極域では劇的な環境変化が起こっています。チャクチ海は北極域における北太平洋側からの入口に位置しており、北太平洋からの夏季の暖水流入による影響を大きく受けます。その結果、海氷面積の減少が進むとともに、この海域における動物プランクトンの種構成やバイオマスにも変化が生じています。こうした海洋の物理・生物環境の変化は、チャクチ海を経由して、ベーリング海からボーフォート海を移動するホッキョククジラの分布や回遊にも影響を与えると考えられます(図1)。
図1. 観測地点(★)とホッキョククジラの回遊概念図(Tsujii et al., 2021を改変)
そこで私たちは、2012年夏から約3年間にわたりチャクチ海の南部に設置された水中音響記録計のデータを解析することで、ホッキョククジラの発する鳴音*を手掛かりにその出現時期を調べ、海洋環境(海氷密接度、表面水温、動物プランクトン量等)との関係性を調べました。
*ホッキョククジラの鳴音にご興味のある方は、下記リンク先から聞くことができます。
ホッキョククジラの鳴音は、海氷が張り出してくる秋から冬、そして海氷が解け始める春に検出されました。秋の結氷タイミングとの比較から、結氷が遅い年ほど秋の鳴音の出現が遅いことがわかりました。加えて、秋の結氷が直接影響しているのではなく、結氷前の表面水温の低下のタイミングも、クジラの回遊時期を決める上で重要な要因であることが示唆されました。
春のホッキョククジラの鳴音の出現時期と動物プランクトンの存在量には、明らかな関係性は見られませんでした。そのため、ホッキョククジラは、春の北上時にはチャクチ海南部を通過地点としていることが考えられました。
しかしながら、秋のホッキョククジラの出現時期には、餌となる動物プランクトンが多量に存在していることが明らかとなり、チャクチ海南部がホッキョククジラの秋の採餌エリアとなりうる可能性を示しました。
本研究から、年毎のホッキョククジラのチャクチ海南部への来遊時期のずれが、それぞれの年の海洋環境の状態と関係していることが明らかになりました。今後、さらに観測点を増やし、継続して観測を行うことで、より一層、チャクチ海におけるホッキョククジラの回遊パターンと海洋環境との関係を理解することができると考えられます。
詳細は、原著論文をご確認ください。
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本研究の機会を与えてくださった皆さま、また、研究の実施にあたりお世話になった皆さまに心より御礼申し上げます。