【論文採択】ゼニガタアザラシの食性の種内差

図1.アザラシに食い荒らされた漁獲物


卒業生の神保美渚です。

 

修士課程で取り組んだえりも岬に生息するゼニガタアザラシの食性研究をまとめた論文が採択されましたので、紹介させていただきます。

Jimbo, M., Kita, Y.F., Kobayashi, M. and Mitani, Y. (2021) Intraspecific differences in the diet of Kuril harbor seals (Phoca vitulina stejnegeri) in Erimo, Hokkaido, using DNA barcoding diet analysis. Mammal Research. https://doi.org/10.1007/s13364-021-00586-3

 

【内容紹介】

北海道えりも岬では、地域の主要産業であるサケ定置網漁業とゼニガタアザラシの競合が問題となっています。アザラシは定置網に侵入し、サケを食い荒らして甚大な被害をもたらします(図1)。

 

定置網の網起こしで混獲されるアザラシはほとんどが幼獣(0~1歳)ですが、これらの個体の胃内容物をみてみるとサケの検出頻度はあまり高くありませんでした。また、バイオロギングや水中カメラによってアザラシの動きを調べると、定置網に何度も出入りしている個体がいることがわかりました。これらの先行研究から、混獲されることなく上手く定置網を出入りしてサケを食べている“問題個体”がいるのだろう、と考えられていました。

 

そこで本研究では、定置網のサケを常習的に利用している“問題個体”の特徴を把握するため、性別や成熟段階、捕獲方法による食性の差異を検証しました。

 

食性分析に用いたのは、アザラシの直腸内容物です。

 

直腸内容物からは、アザラシが2.5~6時間前に食べていたものを知ることができます。

 

アザラシの定置網への平均滞在時間は約24分(Masubuchi et al. 2017)なので、直腸内容物から検出された食物は、定置網の外で食べたか、ほかの定置網のなかで食べたか、前回に定置網を訪れたときに食べたものであると考えられます。

 

消化が進んだ直腸内容物から餌生物を判別するため、本研究ではDNAバーコーディング解析を用いました。これは、直腸内容物から抽出した餌生物のDNAに基づいて種判別する方法で、原理としては最近流行りの環境DNA解析と同じです(図2)。

図2.DNAバーコーディング解析による餌生物の種判別

 

食性分析の結果、ミズダコ(Enteroctopus dofleini)、スルメイカ(Todarodes pacificus)、ホッケ(Pleurogrammus azonus)が多く検出され、ミズダコに関しては9割以上のアザラシから検出されました。

秋はサンプル数が十分でなかったため、性差や成熟段階による違いを検証しきれませんでしたが、春には成熟段階による食性の違いが示されました(図3)。幼獣・亜成獣に比べ、成獣の食性は多様で、個体ごとに異なる餌生物を利用する傾向が示されました。これは、春がアザラシにとって出産・子育て・交尾といった繁殖シーズンであることに関連して、食物を巡る個体間での競合は避けているのではないかと考えられました。

 

図3.春の食性分析結果。Jimbo et al. 2021, Mamm Resより一部改変。

 

サケが検出されたのは成獣メス5頭、成獣オス1頭のみで、これらの個体はすべて、アザラシ捕獲のための特殊な格子網を設置した定置網(アザラシ捕獲網)で春に捕獲された個体でした。通常の定置網で混獲されたアザラシからはサケは検出されませんでした。

 

以上の結果から、定置網のサケを常習的に利用する個体は成獣であり、特に春は成獣メスが多いこと、アザラシ捕獲網は“問題個体”を捕まえるうえで有効であることが示唆されました。

 

“問題個体”を選択的に排除するという考え方は、人との競合を背景に抱える野生動物管理において一般的になりつつあります。しかし、そのためには基礎となる生態学的知見の蓄積や、捕獲手法の開発、選択的排除を実施した場合の個体群への影響評価など、多くの課題を乗り越えなくてはなりません。

本研究はその一歩として“問題個体”の特徴や捕獲手法の有効性を示唆しましたが、情報は十分とは言い難く、より詳細な個体差の検証や、秋の食性分析は今後の課題として残されました。

 

【こぼれ話】

修士2年間の調査の最後に、襟裳神社の例大祭を見学させてもらいました。

大きな神輿を担いだ漁師たちが荒波の海に何度も立ち向かう様子は圧巻でした(図4)。

神社の前では神楽や子供たちの舞いも披露され、町民が一丸となって大漁を祈願していました。

図4.例大祭の様子

 

えりもで暮らす人々にとって、漁業に大打撃を与えるアザラシの存在は悩ましいものです。

私もえりもを訪れる前は、漁師は皆アザラシを憎んでいるものだと思っていました。

しかし、一人一人とじっくり話してみると、もちろんアザラシが憎いという漁師もいましたが、アザラシはめんこい(可愛い)、昔から当たり前にいるもんなんだ、という漁師もいました。

 

アザラシがいて、サケがやってきて、ヒトが漁をする。

そんな沿岸生態系が失われてしまわないよう、漁業とアザラシが上手く共生できる道を模索していきたいものです。

 

 

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本研究でお世話になったえりもシールクラブの皆さまはじめ、漁師の皆さま、東京農業大学オホーツクキャンパスの皆さま、東海大学の皆さまに心から感謝申し上げます。

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